*はじめまして2022年05月05日 12:06

アフォガート
今日からブログをはじめました。
外食産業に関わる者として思うこと、あることあること…をつぶやきます。
      神保尊秋

*「内部要因により自滅」することについて2022年05月05日 12:09

適応と淘汰による自然選択の進化論を唱えたのはダーウィンだ。 180年ほど前の当時では生物学的にも、宗教上でも大問題になった。 いまでもキリスト教のある宗派の学校ではダーウィンの進化論を教えないと言うことを聞いている。 しかし現代ではこの進化論は皆の信じるところであろう。 しかしこのような自然淘汰的な進化論だけでは今まで地球上に繁栄したとされる何億種もの興隆に説明が付けられない。 わずか40年ほど前にDNAの構造が解明されてから、生物の進化にDNAの突然変異が関与していることが分かった。つまり内的要因としてのDNAと外的要因としての自然選択が進化の要因となるということだ。 ここで、進化とは対局にある絶滅について考えてみることにしよう。 地球の歴史が始まってから、ある種が絶滅して別の種が繁栄するという、大きな大量絶滅が5回以上発見されていると言う。 原因としては巨大隕石の衝突による環境の激変などが指摘されているが、環境だけでは考えられないふしがある。 というのは隕石衝突後、数千年から数万年のあいだ生き残っていたと観測されるケースがあったのと、見事に適応して進化してゆき、繁栄した種がいるからだ。 絶滅に関しては、その内的要因であるDNAに起因するものが多いのではないかと思われる。 
 前置きが長かったが、企業についても同じことが言える。 企業の適応力は生物のそれを上回っているので、その証拠に、オイルショック等の環境の激変に対しても果敢に乗り越え自らを国際経済に適応させてきたではないか。 企業の絶滅、そこまで行かないまでも、衰退について考えてみよう。 世界の巨人企業であったIBMの衰退の原因は、メインフレームの成功とこれを支える営業力の優秀さが、コストパフォーマンスの落ちた製品で懸命に営業を行い、そのために汎用大型機などの製品を必要以上に延命させてしまったからと言える。 建て直しを図ったのはダウンサイジングの荒波の真っ最中となり社員半数に及ぶ大量解雇、分社化等多数の痛みを伴ったわけだ。現在は中国メーカーに買収されレノボという名称になり跡形もない。 ここで言いたいのは「企業は成功したことが原因で失敗する」と言うことである。 過去の成功体験を取り込んだDNA(理念)により増殖する企業には環境の変化に気が付くのが遅れ、気が付いたときには適応できなくなってしまう。

*イワシの群れ2022年05月05日 12:23

鰯の群れ
 昨日がよければ、今日もいい。 今日が良ければ、明日もいい…。 これは60年代以降の高度経済成長期からバブル期にかけての経済予測をするときの線形数学的な発想である。 つまり事態の変化が連続的に起こり、例えば二次曲線や三次曲線のように、現在地点から先の座標が計算できるような関数のことだ。 これは決して多くのアナリストの予想を裏切らない。 例えば7%の成長率が5%になる程度のことで増大傾向は間違わないということだ。 これに反し現在は、評論家先生に絶賛を浴びてスタートしたガストが翌年には失敗が明らかになったように、昨日よかったものが今日もいいとは限らない時代だ。いわば非線形数学的時代ということができる。 非線形数学では、一つ先ではプラスからいきなりマイナスの値をとったりする不連続なつながりのない関数となる。 そしてパラメーターと呼ばれる変数定数の変化に伴い形を変える。 天敵のあしかに追われている鰯(いわし)の群をイメージしていただきたい。 一匹づつの動きが全く予想できない個体が何千・何万と集まっており個体の行く先は全くわからない、という状態だ。 しかし個体の行方は分からなくても、群全体はある方向に移動している、という映像を見たことがないだろうか。 確かに群全体はあしかの追う方向や岩などによって、逃げるように、また避けるように移動している。 つまり個体では法則性がないのに群全体では法則性が成り立つのだ。 それも、あしかとか岩などのような要素(パラメーター)に対して成り立つ。 これが非線形数学的な考えだ。
 例えば、客層がそうだ。 客層を構成する一人一人のお客様にアンケートをしてもお客様の望むものは分からない。 つまり百人や千人に聞いても分かったことにはならないということだ。 それなら地域、村、町の人々全部にアンケートしなければならない。 しかし、ある地域のある業態の店はある客層の人々に受けている、ということは経験的に分かるだろう。 例えば宝島の勝田店であり、首都圏のガストなどがそうである。 この場合、別の地域に同じ店舗を出してもこうはいかない。 しかし県単位・地方単位でこれらの業態を見てみると、傾向が見えてくるだろう。 このように考えると、現代はまさに非線形数学だ。

*己こそ己のよるべ <神林照雄>2022年05月05日 12:32

 FR全盛の頃、「わたしのレストランのお料理は全部おいしいですよ。」とまことしやかに答えるFRの店長さんの顔がTVの外食特集番組に出たのを記憶している。 またS社でさえも「当社のコーンスープはホテルと同じようにつくりましたのでおいしいです」と言ってはばからなかった。 おいしさはお客様が決めるもの、食後のお皿がすべてを物語るものだ。
 かつて、エコロジー委員会に参加していた頃、生ゴミの構成を調べるうちにお客様の食べ残しの分析になってしまった。 はたして、お客様はなんと保守的なものかと思い知ったのである。 つまりC社がお勧めするエスニックはいたく不評であった。 私の感想では、FRに期待していたものとずれていたから(メキシカン、テックスメックは本格的な味であったのに…)、と認識している。 しばしばFRに於ける本物は珍しさの対象になるが、それが目的とはならない。
 レストラン、とくにFRに従事する人達はお客様の期待するものを知らなければならない。 本格的なレストランのシェフならば、食文化の異次元の世界にお客様を引き込むことはできるが、FRではお客様の期待し望むところに店を置かなければならない。 どのようなレストランでも目指すところ(真理)はいつの時代も同じ、お客様の笑顔ではないだろうか。 この真理に従っていきる自分(己)であれば、なんと心強いものであろうか。